私が入信して一年ほど過ぎた頃、上長と口癖のように交わしていた合言葉が有りました。
楽しかったあの頃\あのころー(卒業式風に)/
当時の私は20歳、折伏活動を徐々に始めたのも丁度同じ頃でした。
この時期は、単純に先輩たちと語り合ったり、折伏の為に遠方までドライブしたりするのがとにかく楽しかったですねー(´∀`)
総幹部会のビデオ放映というと「何言ってるのかわからないけどとりあえず凄い事なのかも?」くらいの印象でしたw
還御を終えて一年が過ぎ
顕正会が「還御」と言っていたあの歴史的な年から一年程経った頃の総幹部会で「あと15年で広宣流布」みたいな事を言っていたと思います。
これを聞いた全国の顕正会員は「あと15年で広宣流布しちゃうんだ!今のうちに折伏しまくって功徳積まなきゃ損損!」と皆息巻いていましたね。
今思うと、浅井会長は他人をノセるのが上手い!(^_^;)
そんなこんなで、所属していた組織にも「あと15年!」が大流行いたしました!
もうこの年の顕正会流行語大賞をあげたいくらいでしたね!
この時の上長が私の15歳上ですから、「広宣流布して上長くらいの年齢だったらまだまだ好きな事色々出来そう!」と安直に考えておりました。
そして、この思いが後々の折伏活動の原動力となり、家族・親戚・友人・知人に迷惑をかけ、経済的にも辛く、束縛された境涯になってしまうとはその時のタカチョー青年には知るよしもありませんでした( ;∀;)
そして15年後
月日は流れ、気付けば約束の15年・・・
あの時の浅井会長の誓いは結局パフォーマンスだった訳ですね(;´д`)トホホ…
その後、様々ないざこざが巻き起こり、不信感が爆発した私はついに意を決して脱会するのでした。
あの時「あと15年!」と声高に叫んでいたのは、長いお試し期間だったのかもしれませんw
15年。長かったなぁ(遠い目
ではまた
「私は顕正会の先頭に立つ」って言ってたけど、
結局一度も立つことはありませんでしたね。
まー様
はじめまして!コメントありがとうございます!
そうですよね。
除名の決め手になった学会本部襲撃にしてもそうですし
樋田氏からの法論も逃げまくっていますもんね(;´д`)
15年で1千万だった様な気がします。
百万の達成は1年遅れたし、百万達成してから年間弘通が落ちてるんですよね❗
人数が増えれば良いわけではなく、大聖人様の御心に叶っているかだと思います。
ユー君様
コメントありがとうございます。
あ!一千万でしたね!何か非常に大事な区切りだったようなイメージがありました。
結局、15年で一千万も達成できませんでしたけどね(^_^;)
確かに!大聖人様の御心に叶わない信心では意味がありませんよね・・・